前回の記事ではミッション、ビジョン、パーパスを起点とした経営戦略の策定、ロードマップを通じた経営戦略の具体化・詳細化、そして経営戦略を反映した投資(予算配分)とプロジェクト・ポートフォリオの最適化について、正しいプロジェクトを選定するためのプロセスと概要について説明しました。今回の記事からプロジェクトレベルに移り、選定された正しいプロジェクトを正しく実践するうえで必要なマネジメント領域について解説していきます。
本記事ではイノベーションの実現に至るまでの過程をマネジメントするために有効なステージ・ゲートプロセスについて説明します。
ステージ・ゲートプロセスの概要
初回の記事でも記載をしましたが、ステージ・ゲートプロセスはイノベーションを実現するまでに必要なステップ(アイデア出し、事業性検証、開発、上市、など)を一連のプロセスとして定義し、そのプロセスを管理可能な複数のフェーズとゲートに分割している点が特徴です。各ゲートでプロジェクトを評価することで、フェーズを経るごとに不確実性を減少すると同時に、プロジェクトの付加価値を高めていくことができるため、初期フェーズでは投資額を少なくし、後続フェーズに進むにつれて投資額を増加させるといったリスクマネジメントの観点から特に有効なプロセスとなります。
ステージ・ゲートプロセスは1980年代に米国Stage-Gate International社の共同創業者であるRobert G. Cooper氏とScott J. Edgett氏がイノベーションマネジメントにおける研究・調査結果を体系立てたことに由来します。Stage-Gate International社によるとステージ・ゲートプロセスを実践することで「市場への製品投入時間が30%短縮」、「売上および利益が2倍以上増加」、「予算および納期を守る可能性が2.5倍以上向上」などの効果が見込めるとのことです(※1)。現在では3M社やP&G社、Corning社などがイノベーションの実現のためにステージ・ゲートプロセスを採用しており(※2)、日本でも製造業を中心に広がりを見せています。
(※1)Our Story | Stage-Gate Internationalより抜粋}
(※2)Evolving the Way You Innovate(Evolve Executive Series, Article One (stage-gate.la))より抜粋
ステージ・ゲートプロセスの思想・原則
ステージ・ゲートプロセスは複数のステージとゲートから構成されており比較的シンプルな構造ですが、その背景には以下の重要な思想・原則があります。
- 企業が持つ経営資源は限られており、貴重なリソースを有効活用しながらイノベーションの実現に向けてを企業活動を推進する必要があります。
- 新製品開発や新規事業立ち上げ、社内トランスフォーメーションなどは自社にとって新しい取組であることが多く不確実性が高いため貴重な経営資源を浪費するリスクがあります。
- このため、不確実性が高い状況下ではリスクマネジメントの観点から経営資源の投資を少額に留めるなど、慎重に物事を推進する必要があります。反対に、不確実性が低い状況では多額の投資を行うリスクは低いと考えられます。
- 従って、新製品開発やトランスフォーメーションなどの取組については、投資を少額から始め、不確実性が減少されるに伴って投資額を徐々に増加させていくことがリスクマネジメントの観点から有効と考えれます。
- 上記を実践するために、イノベーションを実現するまでの一連のプロセスを複数のステージへ分割し、ステージ間に設置されたゲートで不確実性の大きさを判定するよう設計します。プロセス初期のステージでは必要な投資額を少なくし、後続ステージへ進むほど必要な投資額が大きくなるようプロセス全体を設計することが肝となります。
- 不確実性を減少するためには情報が鍵となるため、各ステージを情報収集・分析/示唆出し・報告準備(次ステージ以降の計画を含む)のための手段として位置付け、様々な部門から構成されるプロジェクトチームが上記に関連する活動を実施していきます。
- 各ゲートでは経営層や各部門長などの経営資源のオーナーから構成されるゲートキーパーが、直前のステージで準備された成果物(インプット)を所定の評価項目に基づいて評価し(プロセス)、当該プロジェクトを「継続」・「中断」・「リサイクル」・「中止」すべきかを意思決定(アウトプット)します。判定の結果、継続とされたプロジェクトに対して追加投資が行われ、配分された経営資源をもとにプロジェクトチームは次ステージの活動を遂行していきます。各ゲートでは以下の3ステップで評価・意思決定が行われ、全てを通過したプロジェクトのみ次のステージへ移行します:
- はじめのステップはReadiness Checkです。ここでは直前のステージで作成予定の成果物が準備できているか、品質は問題ないかを確認します。もし準備が不十分だと判定された場合、リサイクルとして直前ステージに戻り準備に必要な対応を行います。
- 2つ目のステップがビジネス合理性の評価です。ここでは所定の評価項目・基準に沿って定量・定性評価を行います。評価項目は必ず達成すべきMust Meetと加点対象となるShould Meetの2つから構成され、各ゲートに適した内容を盛り込むことが重要となります(例:アイディアに関する評価は戦略への適合度などの定性評価が主である一方、開発段階における評価は財務的な定量評価も併せて実施、など)。評価の結果、中止と判定されたプロジェクトはその段階で文字通り中止となりプロジェクトチームは解散となります。
- 通過と判断された場合、3つ目のステップである経営資源の配分可否の評価に移ります。上記のとおり継続と判定された場合、次のステージの遂行に必要な経営資源がプロジェクトへ配分されますが、組織が有する経営資源には限りがあります。従って、ステップ2の結果、当該プロジェクトのビジネスの合理性があったとしても、他のプロジェクトとの兼ね合いで次ステージ実施に必要な投資を得られるとは限りません。このため次ステージ以降の計画に必要な経営資源が得られない場合は保留として取り扱われます。その後、前回記事で解説をしたプロジェクト・ポートフォリオレビューにて他のプロジェクトと比較・優先順位付けされ、当該プロジェクトへ経営資源が配分されることで後続ステージの対応を実施します。 一方、経営資源が十分である場合、ゲートミーティング直後に次ステージへ進み、計画に沿って不確実性を軽減する情報収集・分析/示唆出し・報告準備などの対応を行っていきます。
- ステージ・ゲートプロセスは新製品開発の文脈で紹介されることが多いですが、実際にはM&Aや新規事業開発、社内トランスフォーメーションなど、様々な価値創造・提供に関わるプロジェクトへ適用可能です。この場合、ステージおよびゲートの構成や、各ステージでのアクティビティそして各ゲートでの評価項目・基準は、新製品開発プロジェクトのものとは異なり、目的に応じてカスタマイズする必要があります。
このようにステージ・ゲートプロセスには様々な重要な思想・原則があります。これらに従い、ステージ・ゲートプロセスに沿ってイノベーションに関わるプロジェクトを推進することによって、不確実性を減少し、リスクを軽減させ、イノベーションの成功確率を上昇させることが可能となります。
ステージ・ゲートプロセスの構造
では、これらを踏まえたうえで企業はステージ・ゲートプロセスをどのように体系立てるべきでしょうか。新製品開発プロジェクトにおけるステージ・ゲートプロセスを以下に紹介します。こちらは新製品におけるアイディア出しから事業性検証、開発、テスト、上市を含んだプロセスです。対象が新製品であり不確実性が高いため、ステージとゲートを複数設けることで、段階的にリスクを軽減しながらプロジェクトと新製品の付加価値向上を同時に実現します。Stage 3(Development)からは大規模な投資が必要となるため、直前のGate3で特に厳格な評価が行われます。また、Stage 5(Launch)後にPost launch Reviewを実施し、プロジェクト全体の振り返りを行い改善点をリストアップしたり、ビジネスケースで見積もりをした数字と実績を比較するなどして、今後の新製品開発プロジェクトに活かしていきます。

ステージ・ゲートプロセスには様々な部門や役職の方が関与するため、情報を一元管理可能な共通のプラットフォーム上でステージ・ゲートプロセスを構築することが望ましいです。Planisware EnterpriseはStage-Gate International社からStage Gate Readyの認証を受けており、自社特有のステージ・ゲートプロセスを複数構築しテンプレート化することや、各ステージで作成が必要な成果物の登録、ゲートでの認証に向けたワークフローの設定などをシステム上で柔軟に実現することが可能です。Airbus社(仏)、Air Liquide社(仏)、Beam Suntory社(米)、EDF社(仏)、Ericsson社(典)、FMC社(米)、PepsiCo社(米)など、様々な業界のお客様がステージ・ゲートプロセスをPlanisware Enterprise上で実践し、イノベーションの創出に取り組んでいます。

Planisware Enterpriseのステージ・ゲートに関する機能のスクリーンショット
次世代のステージ・ゲートプロセス
さて、ここまでステージ・ゲートプロセスの概要や基本的な考え、構造を説明してきました。ステージ・ゲートプロセスはイノベーションの実現に向けた過程で生じる不確実性を減少させ、貴重な経営資源を有効活用しながら付加価値を創出するための取組です。一方で、昨今ビジネス環境がますます不透明となり不確実性がより増してきています。このような状況下でソフトウェア業界に由来するアジャイル手法などが年々注目を集めており、今ではソフトウェアだけではなく有形財の開発まで本手法が採用されてきています。このような状況の中、従来のステージ・ゲートプロセスに対し、「プロセスが直線的で厳格であり、計画ありきのため環境変化への柔軟な対応が困難」といった懐疑的な声が出始めました。
こうした批評や環境変化を受けてCooper氏は先進的な取組をしている企業を調査し、その結果を取りまとめ、以下の3つの観点から成る次世代のステージ・ゲートプロセスを提唱しています(Triple Aシステム)。
- Adaptive and Flexible(状況変化へ柔軟に適応)
- スパイラルモデル(「構築」・「検証」・「顧客フィードバック受領」・「改良」から成るプロセスを反復)
- 市場・顧客ニーズの変化・多様化により、開発ステージより前に完全で正確な製品定義が困難であるため、開発ステージ中であっても顧客の声を踏まえなががら徐々に新製品を開発
- 目的・状況に適したステージ・ゲートプロセスの選定・構築
- 既存製品の大規模な改良・変更(ステージ・ゲートLite)
- 既存製品の特定顧客向けの軽微な改良(ステージ・ゲートXpress)
- 技術開発プロジェクト
- 不確実性の減少およびリスクの軽減を念頭に置いたアクティビティ
- 各プロジェクトが置かれている状況が異なるため、独自の不確実性やリスクが存在
- 従って、全てのプロジェクトに適用されるSOP(標準作業手順書)的なアプローチではなく、各プロジェクトを成功させるために鍵となる不確実性を特定し、それを軽減するために把握すべき情報を洗い出し、当該情報を得るために必要な活動を決定・実行することが、従来のステージ・ゲートプロセスと比較しより重要
- 変化が大きい環境下に適した評価項目・基準の重視
- 変化が大きい環境において、従来のステージ・ゲートプロセスと比較し、仮定や不完全なインプットデータへの依拠が強い財務予測値よりも、スコアリング手法を用いた定性評価(戦略への適合性、競争優位性、サステナビリティへの準拠、など)をより重視
- スパイラルモデル(「構築」・「検証」・「顧客フィードバック受領」・「改良」から成るプロセスを反復)
- Agile(アジャイル)
- アジャイル手法とステージ・ゲートプロセスの融合(複数スプリントを通じた価値創造、など)
- Accelerated(市場投入までの期間短縮)
- 複数ステージおよび複数アクティビティの並行実施
- 完全でなくとも不確実性を減少させる質の高い情報がある程度確保できた時点で、次のステージ・アクティビティを実施
- リーン
- 無駄や非効率なプロセスや作業を点検・除去(形式的な報告会議など)
- 適切なリソースから構成されるプロジェクト専任チームの組成
- 市場投入までの期間を短縮するためには人材のプロジェクトへの注力が鍵となるため、複数プロジェクトへ兼任させるのではなく、一つのプロジェクトに専念するよう人材をアサイン
- ソフトウェアを通じたプロセスの自動化
- 複数ステージおよび複数アクティビティの並行実施
このように次世代のステージ・ゲートプロセスでは変化に柔軟に適応しつつ、迅速に価値を創造・提供できるよう進化しました。
本セクションでは上記で紹介した以下の2点について詳細を説明します:
- Adaptive and Flexible(状況変化へ柔軟に適応):目的・状況に適したステージ・ゲートプロセスの選定・構築
- Agile(アジャイル):アジャイル手法とステージ・ゲートプロセスの融合(複数スプリントを通じた価値創造、など)
Adaptive and Flexible(状況変化へ柔軟に適応):目的・状況に適したステージ・ゲートプロセスの選定・構築
繰り返しになりますが、企業の目的や置かれている状況によって適切なものを検討し形作ることをCooper氏は提唱しています(※3)。ここでは3つのプロセスを図表で紹介します。
(※3)Winning at New Products, 5th Edition : Creating Value through Innovationより抜粋
「1.ステージ・ゲートLite」および「2.ステージ・ゲートXPress」
こちらは対象が既存製品となり新製品ほど不確実性が高くないため、ステージを統合することで必要な検証を行いつつ迅速な市場投入を狙っていきます。既存製品の大規模な改良や変更、海外へのビジネス展開などの場合はステージ・ゲート Lite、特定顧客向けの軽微な既製品の改良はステージ・ゲート XPressとしてStage-Gate International社が提唱しています。

<3.技術開発プロジェクト>
こちらはイノベーションの源泉となる技術を開発する際に用いるステージ・ゲートプロセスです。新製品や既製品のプロセスと異なり。技術的な検証が主となります。検証の結果、新製品開発や社内プロセスの改善、技術ライセンスの提供など様々な用途の可能性があります。

このようにステージ・ゲートプロセスは目的や状況などによって最適なプロセスが異なります。ここまで紹介した3つのプロセスはStage-Gate International社が提唱しているものですが、これらが自社に必ずしも適しているとは限りません。従ってこれらを参考にしつつも、目的や自社の状況に合わせたステージ・ゲートプロセスを構築していくことが重要となります。
Planisware Enterpriseでは従来のステージ・ゲートプロセスに加え、自社の目的や状況に適したプロセスを柔軟に構築することが可能です。
Agile(アジャイル):アジャイル手法とステージ・ゲートプロセスの融合(複数スプリントを通じた価値創造、など)
基本的な考え・原則はソフトウェア業界で活用されているものと同様です。ステージ・ゲートプロセスの各ステージに複数のスプリントを設け、各スプリントのはじめにスプリントプランニングを行い、定められた期間内に想定顧客の声などを反映したMVP(Minimum Viable Product)を作っていきます。その後、スプリントレビューを行い、想定顧客やステークホルダーに対してMVPを提示しフィードバックを受けます。最後にチームでスプリントの振り返りをし、次のスプリントに向けた改善点など話し合います。また、プロダクトバックログやスプリントバックログ、バーンダウンチャートなど、ソフトウェアのアジャイル開発で用いられているツールを活用することで、効果的にアジャイル・ステージ・ゲートプロセスを推進していきます。
一方、ソフトウェア開発とは異なり、有形財の場合は必ずしも各スプリントで動作可能なMVPを作成できるとは限りません。このためCooper氏は製品コンセプトや図面、市場調査結果、3Dモデリング、プロトタイプなど、何かしらデモンストレーション可能な成果物をスプリント内に作成し、想定顧客やステークホルダーに対して提示し、フィードバックを受けるすることを推奨しています。
Cooper氏は調査が限定されていると認めながらも、食品から玩具、重機など様々な業界でアジャイルステージ・ゲートプロセスは効果を挙げており、アジャイルステージ・ゲートプロセスの次のような利点をもたらしていると挙げています(※4):
- 変化する顧客ニーズに対してより迅速に対応可能
- 従来のステージ・ゲートプロセスよりも積極的かつ効果的に顧客の声を把握し、製品へ反映可能
- 人材がプロジェクト専任であるため、リソースに関わる問題を緩和
- 生産性の向上とサイクルタイムの短縮、など
(※4)The Agile–Stage-Gate Hybrid Model: A Promising New Approach and a New Research Opportunity((PDF) The Agile–Stage-Gate Hybrid Model: A Promising New Approach and a New Research Opportunity (researchgate.net))より抜粋
ビジネス環境変化が早く不透明な現代において、アジャイル手法を盛り込んだステージ・ゲートプロセスが今後の主流となっていくと思われますが、これを実践するためには従来のステージ・ゲートプロセスと同様にプラットフォームの活用が必要不可欠となります。Planisware Enterpriseは従来のステージ・ゲートプロセスに加えて、バックログやバーンダウンチャート、各フェーズへのスプリントの設定など、アジャイルへの対応も十分可能です。

Planisware Enterpriseにてアジャイル手法を盛り込んだステージ・ゲートプロセスのスクリーンショット

Planisware Enterprise上のスプリントバックログのスクリーンショット

Planisware Enterprise上のスプリントに関する各種情報を表示したダッシュボードのスクリーンショット
第3回のサマリーおよび次回の連載について
本記事では価値創造・提供のベストプラクティスであるステージ・ゲートプロセスの思想・原則から、従来の新製品開発プロジェクトに対するプロセスおよび次世代のプロセスについて解説をしてきました。プロセスの構造や手法はビジネス環境変化に応じて進化していますが、不確実性を減少してリスクを軽減しながら付加価値を向上させていく点は不変となります。
次回以降の連載ではプロジェクトマネジメントに関する記事を複数回にわたって公開していきます。