前回の記事では経営環境の変化が加速する中でプロジェクト・エコノミーが台頭し、プロジェクト・ポートフォリオ・マネジメント(PPM)の重要性が増していること、およびその全体像を説明しました。本記事から数回に渡り、PPMの構成要素と必要なマネジメントについて、全体の中の位置付けとともに概要を解説をしていきます。
今回は企業のパーパス・ミッション・ビジョンと、ビジョンに至るまでの方向性と道のりを定めた経営戦略およびロードマップ、そして戦略の実行に必要不可欠な経営資源の配分に関する戦略投資枠について説明します。これらは企業が今後歩む方向性に関するものであり、PPMの他のマネジメント領域(ポートフォリオレビュー、アイディエーション、ステージ・ゲート、など)における意思決定に影響を大きく与えるため、非常に重要なトピックです。
パーパス・ミッション・ビジョンおよび経営戦略策定を通じて、自社にとっての羅針盤を定義
まずはパーパス・ミッション・ビジョンおよび経営戦略の策定です。これらは企業に取っての揺るぎない目的とそこに向けた歩みの方向性を定める役割を果たします。企業の社会における果たすべき使命を言語化したミッションを起点とし、自社が目指す姿や理想の姿をビジョンとして定義します。近年ではパーパス経営が注目を集めており、自社の存在意義やなぜミッションやビジョンに取り組むのかを明確にする企業が増えてきています。これらについては明確な定義はなく企業によって様々な表現がされていますが、自社にとってのパーパス(Why)、ミッション(What)、ビジョン(Where)を明確にし、従業員を含むステークホルダーに発信することで、長期間に渡って一貫性のある企業活動を担っていくことが重要です。
経営戦略については様々な考えがあり詳細は専門書を参照頂きたいのですが、現状からありたい姿であるビジョンに到達するために経営環境や自社などを分析を行い、考えられる複数のオプション(企業・事業活動を注力する領域)を洗い出して最適なものを選択し、今後歩んでいく方向性を決定していくプロセスになります。別の表現をすると、限られている経営資源を有効活用して最大の価値を創出するために、経営戦略はやらないことを決める重要な意思決定となります。
パーパス、ミッション、ビジョン、経営戦略は弊社PPMプラットフォームである「Planisware Enterprise」の外で策定していきます。このうち重要な情報を「Planisware Enterprise」へ反映することにより、その後のPPMプロセスの中で発生する意思決定時の拠り所として活用していきます。

「Planisware Enterprise」で任意の2軸を設定し、プロジェクトポートフォリオの現状をバブルチャートで表現することで
経営戦略策定の意思決定材料として活用
経営戦略の実現に向けた取り組みをロードマップへ反映
ロードマップは経営戦略によって定められた進めべき方向性を踏まえた地図のようなものです。ロードマップではビジョンに到達するために選択した戦略オプションについて、ビジョンを起点としたバックキャスティングで中長期的な道筋をマイルストンや取組へ落とし込み、組織内へ周知させ、共通認識を醸成するために活用していきます。ロードマップには全社レベル、事業レベル、市場・製品・技術レベルなど様々な粒度が考えられますが、組織全体の一貫性を確保し推進力を上げるために全社レベルのロードマップを出発点として、各階層のロードマップを作成し互いに連携させることが肝となります。
なお、ロードマップは今後のアクションを記載したものであるため、当然思い描いた通りに事が進むとは限りません。このことを念頭に置き、状況変化に応じて策定した戦略を都度ロードマップに落とし込み、組織内へ浸透させていくサイクルを踏襲することが重要です。
「Planisware Enterprise」はロードマップに関するソリューションをユーザーへ提供しています。全社レベル、事業レベル、製品レベルなど、様々な階層にて柔軟なビジュアライゼーションやロードマップ間の紐づけが可能となるため、組織内の取組の一貫性確保や関係者間の共通認識醸成、意思決定の向上に寄与します。また、ロードマップとプロジェクトデータを紐づけることも出来るため、プロジェクトの進捗変化に応じて、ロードマップ上のプロジェクト位置も変化するので、正しい状況をユーザーへ提供することが可能となります。このような機能を活用することで、ユーザーはプロジェクトをはじめとした組織の様々な取組間の依存関係を明確にし、これに起因する複雑性をマネジメントしていきます。

「Planisware Enterprise」で作成した新製品開発ロードマップの一例
戦略投資枠(バケット)を設け、戦略遂行に必要な予算を配分
ロードマップを通じて戦略を遂行する取組を計画・決定した後、全社一体となりビジョンの実現に向けて進んで行きますが、これを実行するためには経営資源が必要不可欠です。経営資源の配分がなければ各取組を実行できず戦略は絵に描いた餅に終わってしまいます。このため次のステップとして全体予算の配分を行いますが、その際に戦略を反映することが重要であり、戦略投資枠(バケット)を設定することでこれを担保します。
バケットへの予算配分は下記ステップに従い、トップダウンおよびボトムアップで実施していきます。
1. 経営戦略を反映した予算配分軸を検討・定義し、決定した軸に沿って投資枠(バケット)を構成(マネジメント)
2. 各バケットごとのあるべき投資額を検討・決定(マネジメント)
3. 既存プログラム・プロジェクトおよびプログラム・プロジェクト候補を各バケットへ振り分け、各バケットが必要とする投資額(プログラム・プロジェクト見込みコスト)を算出(各プログラム・プロジェクトのオーナー)
4. 2で決定した各バケットごとのあるべき投資額を制約条件とし、バケットごとに評価項目・基準(定量および定性)を設けて評価・比較し、プログラム・プロジェクト間の優先順位・組み合わせを検証・決定(マネジメントおよび各プログラム・プロジェクトのオーナー)
5. 各バケットに配分された予算が枯渇するまで、優先順位が上位のプログラム・プロジェクトから予算を配分(マネジメント)
6. 四半期など、定期的に経営環境および経営戦略を考慮してプロジェクトポートフォリオの構成をレビューし、必要に応じて上記ステップを実施して、最適なプログラム・プロジェクトの組み合わせと予算配分を検討・決定

ステップ1: まずはマネジメントがトップダウンで戦略を反映した任意の予算配分軸を定義し、投資枠(バケット)を構成していきます。以下は軸と投資枠の例になります:
· 事業:コア事業、成長事業、次世代事業、など
· 製品カテゴリ:半導体製品、モビリティ製品、ヘルスケア製品、など
· 国・地域:日本国内、北米、欧州、アジア、など
· 顧客種別:建設業界、自動車業界、化学業界、ヘルスケア業界、など
· プロジェクト種別:研究開発、トランスフォーメーション、新製品開発、既製品の改良、など
ステップ2: 次に戦略を鑑み、各バケットに対するあるべき投資額(ターゲット)を決定し、各バケットへ予算を配分していきます。各バケットに対する投資額についてはトップマネジメントが経営戦略を踏まえてデルファイ法などを駆使して、各々の意見を集約し組織としての統一見解を醸成して決定していきます。 ステップ1および2については複数の軸を用いた戦略投資枠を設け、比較・確認することにより、予算のあるべき配分額のバランスを確認していきます。ここまでトップダウンでマネジメントが経営戦略をもとに戦略投資枠(バケット)を構成し、あるべき予算配分額を決定してきました。

「Planisware Enterprise」で製品、プロジェクト種別、顧客軸で戦略投資枠(バケット)を構成し、あるべき配分額(上)と
実際のプロジェクト見込みコスト(下)の内訳を表示
ステップ3: 次に各バケットへ既存およびプログラム・プロジェクト候補を割り振っていきますが、ここでは各プログラム・プロジェクトについて精通しているプログラム・プロジェクトオーナーが行います(事業部が各プログラム・プロジェクトのオーナーである前提で説明をしていきます)。まず、事業部ごとに現在のプロジェクトポートフォリオを鑑み、今後実施をしたいプログラム・プロジェクトとその見込みコストをリスト化します。その際にプログラム・プロジェクトを必須プロジェクトとそれ以外に分けます。必須プロジェクトとは戦略上重要性が高いプロジェクトや規制対応など遂行が必須なプロジェクトを指します。次に各事業部はバケットごとに必須プロジェクトからプロジェクト間の優先順位を付けていき、PMOや経営企画部門など、各事業部を横断する組織へプログラム・プロジェクトリストを提出します。

各事業部ごとのプロジェクトポートフォリオの現状を「Planisware Enterprise」で確認
ステップ4: その後、PMO や経営企画部門などが各事業部から提出されたリストをもとに、バケットごとにプログラム・プロジェクトを分類したリストを作成します。マネジメントが本リストを参照し、各バケットに設定されたあるべき投資額を制約条件として、バケットごとに定められた評価項目・基準に沿って全事業部間のプログラム・プロジェクトの優先順位を議論・仮決定していきます。次にマネジメントおよび事業部は各バケットごとに仮決定したプログラム・プロジェクトを事業部の観点からバブルチャートなどを用いて視覚化し、事業部全体でポートフォリオのバランスが取れているかなどを確認していきます(リスクの高いプログラム・プロジェクトのみで事業部のポートフォリオが構成されていないかを確認、など)。また、予算が十分でも人的リソースが不足することもあり得るため、このような観点からもプログラム・プロジェクトの組み合わせを検証していきます。これらの結果、再度検討が必要な場合は、あるべき投資額に収まるようにプログラム・プロジェクトの組み合わせなどを再検討し、バランスを確認し、最終的なプログラム・プロジェクトの組み合わせを決定していきます。

各バケット内の最適なプロジェクトの組み合わせを決定するために、「Planisware Enterprise」を活用し人的リソースのキャパシティと
ステップ5および6: 各バケットに配分された予算が枯渇するまで、優先順位が上位のプログラム・プロジェクトから予算を配分し、各プログラム・プロジェクトを遂行に移していきます。その後、四半期など、定期的に経営環境および経営戦略を考慮してプロジェクトポートフォリオの構成をレビューしていき、必要に応じて上記ステップを実施して最適なプログラム・プロジェクトの組み合わせと予算配分を検討・決定するというサイクルを繰り返していきます。

「Planisware Enterprise」を活用し、各バケットごとのあるべき予算配分額を制約条件とし、プロジェクト間の優先順位および組み合わせを検証・決定
以上が戦略投資枠(バケット)を用いた予算配分の主なステップとなります。 「Planisware Enterprise」を活用し、ポートフォリオおよびプログラム・プロジェクトに関するデータを常に最新の状態にすることで、ユーザーは都度プログラム・プロジェクトポートフォリオや予算の消化状況を把握することができるため、タイムリーな意思決定につなげていくことが可能となります。
戦略投資枠(バケット)の利点 バケットを活用した予算配分を行うことで様々な利点を享受できます。
一つ目は戦略と投資(予算配分)の整合性を確保できる点にあります。上記で記載した通り、経営戦略を反映した軸を設けて投資枠を構成し、各バケットごとにあるべき配分額を決め、実行の元手となる予算配分を行うため、組織全体として戦略と実行の一貫性を確立することにつながります。 また、戦略と実行間のギャップを把握し解消につなげるきっかけとすることができる点も挙げられます。例えば、戦略としてイノベーションを重視しており、その源信となる研究開発プロジェクトへあるべき予算配分額を設定したとしても、実際に現在および候補プロジェクトの見込みコストがそれよりも少ない場合、当該プロジェクトの数や規模が足りないため、思い描いているイノベーションを実現できない可能性があります。従って、マネジメントは研究開発プロジェクトに繋がるアイディエーションの活動を強化していくといった、戦略と現実のギャップの解消に向けた意思決定につなげていくことが可能となります。
二つ目はポートフォリオ全体のバランス確保につなげることが出来る点です。各バケットの構成と投資額の決定は現場からのボトムアップではなく、トップダウンで行われるため、プログラム・プロジェクト構成がアンバランスになる可能性を排除することにつながります(例:イノベーションに関わるプログラム・プロジェクトのみが提案・組成され、リスクが高いプロジェクトポートフォリオとなることを阻止、など)。また、顧客セグメントや製品ラインなど、異なる戦略軸を用いて複数のバケットの定義を行い、多面的に投資配分状況を確認することで、投資額の観点からポートフォリオのバランスを確認することが可能となります。
三つ目は同じような性質のプログラム・プロジェクト同士を適切な評価項目で比較検討することができる点です。各プログラム・プロジェクトを適切なバケットへ振り分けることで近しい性質のプログラム・プロジェクトをグループ化し、各グループ(バケット)ごとにプログラム・プロジェクトに対して適切な評価をしていきます。例えば、イノベーションの源泉となる研究開発に関わるプロジェクトについては商業的な見込みは不確実性が高いため、戦略への適合性や技術的成功確率、サステナビリティへの準拠など、定性評価が適切になりますが、一方、既存製品の改善プロジェクトについてはコスト削減額や売上など財務的な定量評価がより重要となります。バケットを設け、バケットごとに異なる評価項目を適用することで、バケットの性質に適した正しい観点から各プログラム・プロジェクトをapple to appleで評価をすることができます。
最後が各バケットごとに配分された予算額によって実行できるプログラム・プロジェクトの数に制限を設けるため、組織内のリソースキャパシティを度外視したプログラム・プロジェクト数となることを防止できる点です。各バケットごとにプログラム・プロジェクトの優先順位付けを行った結果、予算配分額の閾値を下回るプログラム・プロジェクトは仕組みとして中止もしくは待ち状態となります。
第2回のサマリーおよび次回の連載について
本記事では複数のプログラム・プロジェクトを横断したプロジェクトポートフォリオレベルに関する構成要素とその繋がりについて説明しました。パーパス・ミッション・ビジョンから経営戦略、ロードマップ、戦略投資枠を意思を持って策定することにより、組織や取組に一貫性が生まれ、企業全体としてありたい姿へ向けて戦略と実行の整合性を保ちながら前進していくことが可能となります。 次回の連載ではポートフォリオレベルから個別プロジェクトレベルへ視点を移していき、ステージ・ゲートプロセスについて説明をしていきます。