プロジェクトの重要性の高まり
デジタル技術の台頭やサステナビリティへの意識の高まり、新興国企業の台頭、ニーズの多様化など、経営環境が急速に変化・加速しており、将来が不透明な中で企業のリーダーは難しい舵取りを迫られています。また、経営環境変化によって既存事業の収益・利益が圧迫されている中でも企業は株主からの企業価値向上の要望に応え続けることが求められており、多くの企業がイノベーション(顧客に価値を提供する大胆なアイディアと持続可能なビジネスモデル)の創出を志向しています。
このような状況下で企業は変化に適応し、変革を起こす手段としてプロジェクトに着目しています。プロジェクトは特定の目的を達成するために組成された有期的な一連の計画的な活動です。既存事業・業務の改善を目的とした旧来のオペレーションとは異なり、新事業立ち上げから新製品・サービス開発、デジタルトランスフォーメーションなどの社内改革など、その目的は多岐に渡り、長期的な価値創出を牽引します。
上記のような目的を達成するために、企業はプロジェクトを次々と立ち上げ、企業価値の向上を目指しており、この動きはさらに加速すると見られています。プロジェクトマネジメント協会の2017年の推計によると、同年から2027年までに世界中で約8,800万人がプロジェクトマネジメント関連業務へ就き、その過程で世界のプロジェクト指向の経済活動の規模は、12兆ドルから20兆ドルに成長する見込みであると試算されています(※1)。直接的な比較は適切ではないかもしれませんが、2022年の日本の名目GDPが約4.2兆ドルであったことを考えると、その経済規模の大きさが実感できるのではないでしょうか。今後も経営環境の変化が加速することが十分に想定されるため、変化・変革を促進するプロジェクトを中心とした経済・企業活動であるプロジェクト・エコノミーが主流となりプロジェクトの存在感や重要性がますます高まると思われます。
(※1)DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2022年 2月号 特集「アジャイル化するプロジェクトマネジメント」より
プロジェクトを推進し、価値を創出するうえでの課題
一方、変化への適応や価値創出のためにプロジェクトを次々と立ち上げることにより、以下のような弊害が発生する恐れがあります。
- 過剰なプロジェクト数
- 組織のリソースキャパシティ(特に人的リソース)を考慮せず、経営戦略に合致していないプロジェクトを数多く立ち上げ・実行
- 一度立ち上げたプロジェクトに対して、実行中にその有効性などを検証せず、中断・中止する意思決定が欠如
- 上記の結果、各プロジェクトに対して限られた人的リソースを薄く広く配分し、人的リソースの高負荷が発生
- 人的リソースの高負荷によるプロジェクトへの悪影響
- 低品質
- 複数プロジェクトの行き来による集中力低下、重要タスクの見落とし・簡素化(市場のニーズ把握・分析の割愛、判断誤り、など)
- 納期遅延
- 複数のタスク遂行による効率低下、タスクやプロジェクトの滞留、など
- コスト増
- 残業、手戻り発生、など
- 低品質
- プロジェクトへの悪影響がもたらす企業への悪影響
- プロジェクト失敗確率の上昇
- 市場投入時間の長期化、顧客ニーズを充足しない製品の開発、など
- プロジェクト失敗による財務面への影響
- プロジェクトの赤字化、キャッシュの減少(コスト増、低収益) 、など
- 従業員の過重労働
- 従業員満足度・定着率の悪化、退職・休職による人的リソース数の減少、など
- プロジェクト失敗確率の上昇
このような弊害の結果、(特に戦略に整合しない)プロジェクトの数は据え置きもしくは増加する一方、組織内のリソースが減少しているため、プロジェクトへの悪影響が強まり、従業員の負荷が増加し、プロジェクトの成功確率がより低下する、などの悪循環に陥り、企業価値の向上とは反対にその毀損につながる恐れがあります。
また、イノベーションを実現するための種となるアイディアの創出から、ビジネスケースの作成、開発、上市に至る体系立ったマネジメントプロセスが欠如しているため、プロジェクトを立ち上げたとしてもイノベーション創出に向けた取り組みが実を結ばないことも起こり得ます。これには主に以下のような原因が考えられます:
- イノベーションを実現するためのアイディア創出から上市を支援する仕組みがない
- 研究開発活動が属人化しているためアイディアの共有が行われず、有望な種が見過ごされてしまう・醸成できない
- 研究ポートフォリオに含まれている研究テーマ全体を視覚化する手段がないため、必要な是正措置を適時に講じることが困難(価値の低いテーマに多大なリソース配分をし続けてしまう、など)
- 意思決定機関などが存在せず、また、組織全体で一貫したプロジェクト評価基準がないため、有望でないプロジェクトの中断や中止の判断がされずリソースが浪費される、など
ソリューション:プロジェクト・ポートフォリオ・マネジメント(PPM):概要
このような悪循環に陥るのを避け、価値創出を実現するためのソリューションがプロジェクト・ポートフォリオ・マネジメント(PPM)です。PPMは経営戦略を達成するためにプロジェクトの組み合わせを最適化、限られた経営資源を適切なプロジェクトのみに配分、複数のプロジェクトを一元管理することで、組織全体で一貫した意思決定と実行を行うための仕組みです。
別の表現をすると正しいプロジェクトを選択し、それらを正しく実行するための仕組みになります。何を持って正しいプロジェクトかは企業によって異なりますが、一般的には「経営戦略への整合性」、「ポートフォリオの価値最大化」、「適切なポートフォリオのバランス(期間、プロジェクト種別、リスク、など)」、そして「組織のリソース量に見合った適切なプロジェクト数」となり、これらの観点から各プロジェクトを評価し、優先順位を決め、上位のプロジェクトから投資(経営資源の配分)を行います。自社にとって意味のある評価観点・基準を設け、経営資源が限られていることを常に意識し、意図的に投資対象のプロジェクトを定期的に評価・取捨選択していくことが重要になります。
また、正しくプロジェクトを遂行するためには適切なプロジェクトマネジメントが必要となります。ポートフォリオマネジメントの結果配分された経営資源をインプットとし、プロジェクトというプロセスを経ることではじめて価値の創出・提供というアウトプットが実現されるため、プロジェクトを適切にマネジメントすることは正しいプロジェクトを選択することと同様に重要です。
プロジェクトマネジメントにはウォーターフォール型やアジャイル型、ハイブリッド型などの方法論があります。プロジェクトの目的に応じて適切なものを選択し、スコープ、スケジュール、コスト、リソース、リスクなどをマネジメントしていくことが大切ですが、特にイノベーションを実現するためにはステージ・ゲートプロセスを前提としたプロジェクトマネジメントが推奨されます。ステージ・ゲートはイノベーションを実現するまでに必要なステップ(アイデア出し、事業性検証、開発、上市、など)を一連のプロセスとして定義し、そのプロセスを管理可能な複数のフェーズとゲートに分割している点が特徴です。各ゲートでプロジェクトを評価することで、フェーズを経るごとに不確実性を軽減すると同時に、プロジェクトの付加価値を高めていくことができるため、初期フェーズでは投資額を少なくし、後続フェーズに進むにつれて投資額を増加させるといったリスクマネジメントの観点から特に有効なプロセスです。
このように、PPMを実践することで外部環境変化を踏まえて策定された経営戦略に沿ってプロジェクト・ポートフォリオをタイムリーに見直して、限られた経営資源を適切なプロジェクトのみに配分し、それらをインプットとしてプロジェクトを適切に実行・マネジメントすることにより、付加価値の高い新製品・新事業を迅速に企画・開発・上市できる可能性が高まるため、プロジェクト・エコノミーの時代においてPPMの実践は必要不可欠といえるでしょう。
図1:プロジェクト・ポートフォリオ・マネジメント(PPM)概要
ソリューション:プロジェクト・ポートフォリオ・マネジメント(PPM):プロセス
それではPPMをどのように実践すべきでしょうか。PPMは経営戦略、ロードマップ、予算、アイディエーション、ビジネスケース、プログラム、プロジェクトなど様々な要素から構成されており、経営目標を達成するために各要素を一連のプロセスの中で互いに連携させ、経営層や事業部、プロジェクトマネージャーなど、組織全体がそれらを適切にマネジメントしていくことが重要です(図2)。
プロセスは大きくポートフォリオレベルとプロジェクトレベルに分かれます。まず、ポートフォリオレベルですが、ここでは主にシニアマネジメントや部門長、PMOの方が対象となります。こちらの目的は戦略や環境変化に応じてタイムリーにプロジェクトポートフォリオを見直し、正しいプロジェクトを選択することになります。
この目的を達成するためにはまず、プロジェクトポートフォリオの現状をツールを用いて視覚化して確認します。次に外部環境変化や戦略を考慮し、どのようなプロジェクトの組み合わせが最適かを、既存プロジェクトに加えて、新規プロジェクトの提案も含めてシミュレーションし、所定の評価項目・基準に基づいてプロジェクトを取捨選択し、最適なプロジェクトの組み合わせとその優先順位を決定していきます。最後に、その優先順位に従い、各プロジェクトへ予算やリソースを配分します。
このプロセスは一見するとシニアマネジメントによるトップダウンでプロジェクトが選定されているように見えますが、実際には現場からの各プロジェクトの詳細な情報の提供を踏まえて現場と議論し、戦略との整合性やバランス、財務価値などのポートフォリオの目的と照らし合わせながら、試行錯誤しながら最適なプロジェクトの組み合わせを決定していくアプローチとなります。
一方のプロジェクトレベルではシニアマネジメントや部門長、PMOに加え、各プロジェクトのプロジェクトマネージャーが主な対象となります。ここでの目的はポートフォリオレベルで選定されたプロジェクトを正しく実行し、迅速に新製品・サービスを開発・市場投入していくことになります。まずは配分された予算やリソースを活用し、計画に従いプロジェクトを実施していきます。そしてスケジュール、コスト、リソース、リスクなど、プロジェクトに関する状況を正しく適時に把握し、情報をアップデートしていきながら、ゲートミーティングに向け、必要な成果物を作成していきます。その後、プロジェクト内設定された複数のゲートにて、所定の評価項目・基準に従い、プロジェクトを次ステージへ移行するか否かを判定します。ゲートミーティングの結果、継続と判定されたプロジェクトは計画に沿って引き続き実行されていきます。一方、中止と判断されたプロジェクトについてはその時点でそのプロジェクトは中止となり、割り振られていたリソースは他のプロジェクトなどに再配分されていきます。
その後、ポートフォリオレベルに戻り、プロジェクトポートフォリオの現状を確認し上記のサイクルを繰り返していきます。このような流れを踏襲し、正しいプロジェクトを選定し、正しく実行することで価値ある新製品・サービスを迅速に市場投入していくことが可能となります。
図2:プロジェクト・ポートフォリオ・マネジメント(PPM)のプロセス
このプロセスを実施するうえでの前提となるのがポートフォリオと各プロジェクトの情報を相互に連携させ一元管理するプラットフォームの活用です。弊社ではPPMを実践するために必要な各種マネジメントに対するソリューションを「Planisware Enterprise」という一つのプラットフォーム上で提供し、ユーザーのビジネスをサポートしています。以下にその概要を掲載します。
図3:Planisware Enterprise全体像
本連載について
初回は「プロジェクトの重要性が高まっている背景」、「プロジェクトを推進し価値を創出するうえでの課題」そして「そのソリューションであるPPMの概要」について記載をしてきました。2回目以降はPPMの構成要素と必要なマネジメントについて、全体の中の位置付けとともに概要を解説していきます。
本連載が皆様のお役に立てれば幸いです。